研究紹介

1. 超重症川崎病の遺伝的要因の解析

川崎病へのかかりやすさ、川崎病になったときの治療の効きやすさや合併法のできやすさにありふれた遺伝子の型の違いが関係することが分かっています。ですが、何度も繰り返して川崎病を発症する、または極めて重い経過をたどる、という川崎病患者さんの中でも特別な体質にはその方々に固有な、もしくは一般集団には比較的低頻度な遺伝子の型が関係している可能性があります。この研究では、そのような遺伝子の検索を行っています。

目的・必要性・意義

川崎病の原因は未だ明らかではなく、その罹患しやすさや冠動脈病変(CAL)のできやすさの背景にどんな遺伝子が関わっているか解明できているのは一部にすぎません。川崎病は先進国では小児が生まれてから患う心臓の病気の一番多い原因であり、なぜ、どのようなメカニズムで川崎病が起こるのかを明らかにして、その情報に基づいて治療法や予防法を開発することが重要な課題となっています。
近年ゲノムワイド関連解析(GWAS)という大規模な研究手法が実用化され、、国内外で川崎病のかかりやすさに関係する遺伝子がいくつか見つかっていますが、川崎病が日本人に多い理由、親子、同胞(兄弟姉妹)の間で川崎病が多くなりがちである理由の一部しか分かりませんでした。日本人で治療が効きにくさ、CALのできやすさと関連することが確認されているのはITPKC, CASP3遺伝子の2つのみです。日本人ではこのような川崎病の重症化に関するGWAS研究はまだ行われていません.このような研究には通常、治療が聞きにくかった患者さんやCALを生じた患者さん多数のご協力と、多くの研究費が必要となることが理由の一つです。

本研究では、巨大瘤という川崎病のCALのなかでも最も重い部類(直径8mm以上)の冠動脈瘤が経過中にできた方や、また川崎病を3回以上繰り返し発症した方を対象に、一般集団にはありふれては存在しない、あるいはご本人やご家族に固有の遺伝子の型の違い(遺伝的バリアント)が関与していると予想し、その検索を行います。次にそのようにして見つけ出した遺伝子のありふれたバリアントを、多くの他の川崎病患者さんについて調べ、川崎病の発症や・重症化リスクに広く関与する遺伝的要因を明らかにすることを目指します。

研究の方法

研究に用いる試料や診療情報
川崎病遺伝コンソーシアムに登録された川崎病患者およびその血縁者のDNA試料および、臨床情報を研究に用いる。

巨大冠動脈瘤合併症例/直径8mmを超える冠動脈瘤(巨大瘤)を川崎病の経過中に形成した方

川崎病頻回罹患例/3回以上川崎病を繰り返し発症した方と、その両親および同胞(兄弟姉妹)

遺伝子解析

全エクソーム解析
ゲノム中の全ての遺伝子を対象に、エクソンと呼ばれる部分だけに注目して、次世代シーケンサーという装置でDNAの配列を解読する研究方法です。遺伝子のはたらきを大きく変化させると予想される遺伝的バリアントを検索します。

全ゲノムシークエンス解析
ゲノムの全ての領域のDNAの配列を次世代シーケンサーという装置で解読する研究方法です。遺伝子のある部分、ない部分の区別なく調べ、遺伝子のはたらきを大きく変化させると予想される遺伝的バリアントを検索します。

候補遺伝子についての症例対照研究
全エクソーム解析、全ゲノムシークエンス解析などの結果により、注目した遺伝子の周辺にある、集団中にありふれて存在する遺伝的バリアントを調べます。遺伝子のはたらきをあまり大きくは変化させないものが大半ですが、患者集団と非患者集団(あるいは、ある特徴について区別した患者集団同士)を比較して存在頻度に違いがあるかを検討します。

研究組織

尾内善広 千葉大学大学院医学研究院公衆衛生学 教授
小林 徹 国立成育医療研究センター・臨床研究センター・データサイエンス部門 部門長
伊藤 薫 理化学研究所統合性名医科学研究センター 循環器
ゲノミクス・インフォマティクス研究チーム チームリーダー
中川英刀 理化学研究所統合生命医科学研究センター がんゲノム研究チーム チームリーダー
角田龍彦 理化学研究所統合生命医科学研究センター 医科学数理研究チーム チームリーダー
外部委託企業 イルミナ株式会社

研究概要組織図/試料・情報の流れ

2. 川崎病患者の臨床・遺伝的情報を用いた治療の反応性に関する研究

川崎病における治療の中には、その治療の効きやすさと遺伝子の型の違いが関係することこれまでの研究でわかっています。また、受診した時に検査する情報、いわゆる臨床情報からも治療の効きやすさに関係する特徴が一部明らかになっています。この研究では、遺伝的な情報と臨床情報とを組み合わせて調べ、これまでより精度の高い治療の反応性を予想・判断できる基準を作ることを目的に研究を行っています。

目的・必要性・意義

川崎病の原因は未だ明らかではなく、その罹患しやすさや冠動脈病変(CAL)のできやすさ、治療の効きやすさの背景にどんな遺伝子が関わっているか解明できているのは一部にすぎません。川崎病の治療には、その方の状態に合わせて治療薬が用いられるようになりました。標準治療として免疫グロブリン(IVIG)は広く使われていますが、その一方でIVIGのみの治療だけでは効果がでにくい場合も報告されています。このようにIVIGの治療だけでは効果が得られにくいと予想される場合、IVIGに加えプレドニゾロン(PSL)を併用した治療が行われるようになりました。
しかし、IVIGとPSLの併用した治療を行っても効かない場合もあり、冠動脈病変の治療にも影響する可能性が指摘されています。IVIGとPSLの併用した治療の反応性に関係した特徴はわかっていないこともあるのです。

本研究では、IVIGとPSLを併用した初回治療を行った方を対象に、治療の反応性に関係する要因を探索する研究を行います。これまでに分かっている川崎病に関連した遺伝子的情報と臨床的な情報を組み合わせることで、より予想・判断がしやすい治療の反応性をみる基準を作ることを目指し取り組んでいます。これにより、川崎病に罹られた方の特性に応じた最適な治療法を選択し、提供できるようになることができると期待しています。

研究の方法

研究に用いる試料や診療情報
川崎病遺伝コンソーシアムに登録された川崎病患者さんのうち、IVIGとPSLを併用した初回治療を行った川崎病症例のDNA試料および臨床情報を研究に用います。約320人の解析を予定しています。

遺伝子解析

ファーマコジェノミクス解析・ゲノムワイド関連解析
薬剤による治療を受けた際の効果や副反応の現れ方に関連する遺伝要因を探索する研究のことをファーマコゲノミクス研究とよびます。この研究ではすでに明らかになっている川崎病に関連がある遺伝子の型や薬の作用・反応性に関連がある遺伝子の型を含め、ゲノム全体の中から選んだ数十万箇所の遺伝子の型を調べ、対象者が川崎病に罹患されたときの治療の効きやすさの違いと関連する遺伝子を探します(ゲノムワイド関連解析)。経過中に冠動脈病変ができた方とできなかった方に分け、両グループの間の違いに関連した要因も検索します。

研究組織

小林しのぶ 国立成育医療研究センター・研究所・社会医学研究部 研究員
浦山ケビン 国立成育医療研究センター・研究所・社会医学研究部 部長
小林 徹  国立成育医療研究センター・臨床研究センター・データサイエンス部門 部門長
尾内善広  千葉大学大学院医学研究院公衆衛生学 教授
半谷まゆみ 国立成育医療研究センター・研究所・社会医学研究部 研究員

研究概要組織図/試料・情報の流れ

3. 不全型川崎病の発症および重症化の遺伝要因の探索

特徴的な症状がはっきりと現れない “不全型”と呼ばれるタイプの川崎病の方が患者さん全体のうち20%ぐらいおられますが、不全型となる理由は分かっていません。また不全型の川崎病のなかでも治療の効きやすさや心臓の合併症のできやすさに個人差があります。川崎病遺伝コンソーシアムでは不全型川崎病と定型的な川崎病との違いを遺伝子の面から明らかにしようという研究を行っています。

目的・必要性・意義

川崎病は6つの主要症状の5つ以上が見られる時に定型的な川崎病と診断されます。川崎病全国調査成績によると、確認された主要症状が4つ以下の“不全型”川崎病と診断される方が約20%おられるとされています。この不全型川崎病は症状は少ないものの決して軽症というわけではありません。定型例よりやや少ない頻度ながら冠動脈病変(CAL)が生じますし、定型的川崎病と同じく、死亡されることもあるからです。不全型川崎病は2~4歳児に比較的少なく、平均発症年齢は定型例より低いという特徴がありますが、不全型となる原因、不全型川崎病の際に重症化する要因については明らかではありません。

本研究では、不全型川崎病を発症したり、重症化したりする際に影響を及ぼす遺伝子の型の違い(遺伝的バリアント)を見つけ、不全型川崎病についての理解を深めることを目指します。そのような遺伝的バリアントが不全型川崎病にだけ影響するのか、定型的川崎病にも影響する場合はその影響の大きさの違いなどを調べることで、不全型川崎病と定型的川崎病の間で、体内で起きていることや重症化するメカニズムに違いがあるか、などについて重要な情報を得られると期待しています。重症化を効率的に予防する治療法のてがかりが得られる可能性もあります。

研究の方法

研究に用いる試料や診療情報
川崎病遺伝コンソーシアムに登録された川崎病患者さんのうち、急性期に認められた主要症状が4項目以下であった不全型川崎病症例のDNA試料および臨床情報を研究に用います。350人の解析を予定しています。

遺伝子解析

ゲノムワイド関連解析
ゲノム全体の中から選んだ約数十万箇所の遺伝的バリアントの型を決定します。その後、対照集団との間でバリアントの型のみられる頻度の比較(関連解析)を行います。この解析で不全型川崎病への罹りやすさに関連しそうな遺伝的バリアントが見つかった場合、その関連が確かのものであるかを共同研究グループ内で別の川崎病患者さんの試料や情報も使って確かめます。また、不全型川崎病患者さんを経過中に冠動脈病変ができた方とできなかった方に分け、両グループの間での関連解析も行い、不全型川崎病に罹った際の冠動脈病変のできやすさに関連する遺伝的バリアントの検索も実施します。

全エクソーム解析
経過中に冠動脈病変ができた方については、全エクソーム解析も実施します。ゲノム中の全ての遺伝子を対象に、エクソンと呼ばれる部分だけに注目して、次世代シーケンサーという装置でDNAの配列を解読する研究方法です。遺伝子のはたらきを大きく変化させると予想される遺伝的バリアントを検索します。

研究組織

尾内善広 千葉大学大学院医学研究院公衆衛生学 教授
小林 徹 国立成育医療研究センター・臨床研究センター・データサイエンス部門 部門長
尾崎浩一 国立長寿医療研究センター・臨床ゲノム解析推進部 部長
伊藤 薫 理化学研究所統合性名医科学研究センター 循環器ゲノミクス・インフォマティクス研究チーム チームリーダー
濱田洋通 東京女子医科大学八千代医療センター小児科 教授
鈴木啓之 和歌山県立医科大学小児科学 教授
真下陽一 医学研究院公衆衛生学 技術専門職員
中川英刀 理化学研究所統合生命医科学研究センター がんゲノム研究チーム チームリーダー

研究概要組織図/試料・情報の流れ

4. 川崎病の発症や重症化のアジア人特異的な遺伝要因の探索

川崎病が発症する原因の一部に遺伝的な要因が関係していると考えられており、これまでの研究でいくつかの遺伝子の型の違いが川崎病の発症しやすさに関係することが分かっています。しかし、まだ遺伝的な原因の大部分は解明されておらず、川崎病の大きな特徴である、東アジア人に多い理由も不明です。川崎病遺伝コンソーシアムでは川崎病発症に関連するさらに多くの遺伝子を見つけるために研究を行っています。

目的・必要性・意義

川崎病は日本人>他のアジア人>黒人>白人の順で多くみられ、米国内でも日系人と白人では発症率に10倍以上の違いがあることから、民族の遺伝背景の違いが関与していると考えられています。そして生まれつきの川崎病の発症リスクと関連する遺伝子の型の違い(遺伝的バリアント)がこれまでの研究で複数特定されています(表)。これらはすべて一般集団にありふれてみられるもので、個々によるリスクの上昇はわずかであり、多く持っていると必ず川崎病を発症するというわけでもありません。日本人に川崎病が多い理由はこのような発症リスクと関連する多数の遺伝的バリアントの型(リスクアレル)が日本人集団で他と比べてより高い頻度で存在するためであると予想されています。しかし、見つかったバリアントのうち、そのようなものはごく一部でしかありませんでした。これまでの研究が行われた頃に使うことができたDNAマイクロアレイ※が欧米人用に設計されたものであったために日本人、韓国人、台湾人といった川崎病が多い集団に特異性が高く、かつ川崎病の発症や重症化に関わる重要なバリアントの多くがまだ調べられていないのが理由ではないか、と、研究グループでは考えています。

以上の状況から最近アジア人向けに設計されたDNAマイクロアレイを使って、さらに解析する人数を大きくしたゲノムワイド関連解析※を行うことで、川崎病の発症リスクや重症化リスクと関連するあらたな遺伝子や遺伝的バリアントを特定できると期待しています。病気のなりたちに関する新たな洞察を得ることで、新しい治療法、予防法の開発に役立てたり、川崎病がなぜ起きるのか、なぜ東アジアの民族に多いのか、という川崎病の発見以来の疑問に対する答えが得られることも期待されます。

※DNAマイクロアレイ(DNAチップ)
研究対象者の特定の遺伝的バリアントの型を調べるための実験器具。ガラスやプラスチックの基盤の上に目的とする遺伝的バリアントの周辺のDNA断片がバリアント毎に固定されており、蛍光標識した対象者のDNAと反応させることで、バリアントの型のどちらが(あるいは両方が)存在するかを判別できます。数十万か所のバリアントの型を一度の実験で決定することができます。

※ゲノムワイド関連解析
ゲノム全体から選ばれた遺伝的バリアントの型を患者と対照者それぞれのグループについて決定し、個々のバリアントの型の頻度を比較する研究手法。

研究の方法

研究に用いる試料や診療情報
川崎病遺伝コンソーシアムに登録された川崎病患者さんのDNA試料および臨床情報を研究に用います。2000人の解析を予定しています。また、その他に川崎病の研究を行っている共同研究機関が川崎病患者さんから提供を受けたDNA試料の解析も予定しています。

遺伝子解析

川崎病患者さんから提供を受けたDNA試料について、アジア人を対象とした研究に最適となるように設計されたDNAマイクロアレイを使い、ゲノム全体の約数十万箇所の遺伝的バリアントの型を決定し、対照集団との間でゲノムワイド関連解析を行います。この解析の遺伝的バリアントの型の決定は理研ジェネシスという日本国内の企業への委託により実施いたします。共同研究機関が過去に行った川崎病のゲノムワイド関連解析のデータを参照または統合することで、新たな川崎病発症の遺伝的要因の特定を効率よく行います。さらに、解析の進展に合わせて、利用可能な他国のゲノムワイド関連解析の結果とも適宜比較、統合します。新規に見いだされた候補遺伝子領域のバリアントについて、必要に応じ共同研究機関においてこれまでに収集した川崎病患者さんおよび健常対照者の試料あるいは川崎病以外の様々な疾患の患者さんの試料を用いて関連の検証を行います。
また臨床情報を基に治療への反応性、冠動脈合併症の有無、発症時月齢や発症月の違いに関連する因子のゲノムワイド検索も試みます。
関連が確認された新たな川崎病発症の遺伝的要因について実験やコンピュータでの予測によって、機能的な意義を確かめます。

研究組織

尾内善広  千葉大学大学院医学研究院公衆衛生学 教授
小林 徹  国立成育医療研究センター 臨床研究センター・データサイエンス部門 部門長
寺尾知可史 理化学研究所生命医科学研究センター
      ゲノミクス・インフォマティクス研究チーム チームリーダー
伊藤 薫  理化学研究所生命医科学研究センター
      循環器ゲノミクス・インフォマティクス研究チーム チームリーダー
尾崎浩一  国立長寿医療研究センター・臨床ゲノム解析推進部 部長

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